東京地方裁判所 平成10年(行ウ)23号 判決 1998年12月25日
原告
甲野春子
右訴訟代理人弁護士
柳川昭二
被告
法務大臣
中村正三郎
右指定代理人
栗原壯太
外一〇名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告が原告に対し、平成九年一一月一一日付けでした在留資格認定証明書不交付処分を取り消す。
第二 事案の概要
本件は、中国(台湾)国籍を有する外国人で、日本人男性と婚姻関係にある原告が、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)七条の二第一項に基づき、被告に対し在留資格認定証明書の交付を申請したところ、被告から、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由として、右証明書を交付しない旨の処分を受けたため、原告が、これを不服として、右処分の取消しを求めている事案である。
一 関係法令の定め
1 外国人の上陸拒否事由
法五条一項は、外国人の本邦への上陸拒否事由について規定しているところ、同項四号及び七号に掲げられた上陸拒否事由は、次の(一)、(二)記載のとおりである。
(一) 四号
日本国又は日本国以外の国の法令に違反して、一年以上の懲役若しくは禁錮又はこれらに相当する刑に処せられたことのある者。ただし、政治犯罪により刑に処せられた者は、この限りでない。
(二) 七号
売春又はその周旋、勧誘、その場所の提供その他売春に直接に関係がある業務に従事したことのある者
2 入国審査官の審査
(一) 本邦に上陸しようとする外国人(乗員を除く。)は、その者が上陸しようとする出入国港において、法務省令で定める手続により、入国審査官に対し上陸の申請をして、上陸のための審査を受けなければならないところ(法六条二項)、法七条一項は、入国審査官は、右の申請があったときは、当該外国人が次の(1)ないし(4)記載の同項各号(法二六条一項の規定により再入国の許可を受け又は法六一条の二の六第一項の規定により交付を受けた難民旅行証明書を所持して上陸する外国人については、一号及び四号)に掲げる上陸のための条件に適合しているかどうかを審査しなければならないと定めている。
(1) 一号
その所持する旅券及び、査証を必要とする場合には、これに与えられた査証が有効であること。
(2) 二号
申請に係る本邦において行おうとする活動が虚偽のものでなく、法別表第一の下欄に掲げる活動(五の表の下欄に掲げる活動については、被告があらかじめ告示をもって定める活動に限る。)又は法別表第二の下欄に掲げる身分若しくは地位(永住者の項の下欄に掲げる地位を除き、定住者の項の下欄に掲げる地位については被告があらかじめ告示をもって定めるものに限る。)を有する者としての活動のいずれかに該当し、かつ、法別表第一の二の表及び四の表の下欄に掲げる活動を行おうとする者については我が国の産業及び国民生活に与える影響その他の事情を勘案して法務省令で定める基準に適合すること。
(3) 三号
申請に係る在留期間が法二条の二第三項の規定に基づく法務省令の規定に適合するものであること。
(4) 四号
当該外国人が法五条一項各号のいずれにも該当しないこと。
(二) なお、法七条二項によれば、右(一)記載の入国審査官の審査を受ける外国人は、同条一項に規定する上陸のための条件に適合していることを自ら立証しなければならないとされている。
3 在留資格認定証明書制度
(一) 法七条の二第一項は、被告は、法務省令で定めるところにより、本邦に上陸しようとする外国人(本邦において法別表第一の三の表の短期滞在の項の下欄に掲げる活動を行おうとする者を除く。)から、あらかじめ申請があったときは、当該外国人が法七条一項二号に掲げる条件に適合している旨の証明書を交付することができる旨規定している。
(二) 法七条の二第一項の規定を受けて、法施行規則六条の二は、在留資格認定証明書制度について具体的に定めているところ、同条五項は、その本文において、在留資格認定証明書の交付申請があった場合には、被告は、当該申請を行った者が、当該外国人が法七条一項二号に掲げる上陸のための条件に適合していることを立証した場合に限り、在留資格認定証明書を交付するものとする旨規定し、そのただし書において、被告は、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨規定している。
二 前提となる事実
(以下の事実のうち、証拠等を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)
1 原告の国籍等
原告は、一九五四年(昭和二九年)七月二五日、中国(台湾)において出生した、中国(台湾)国籍を有する外国人女性である。
2 第一回目及び第二回目の入国及び出国の状況等
(一)(1) 原告は、昭和五九年六月二日、平成元年法律第七九号による改正前の法(以下「旧法」という。)四条一項四号に該当する者としての在留資格(以下「在留資格四―一―四」という。)及び在留期間九〇日の上陸許可を受けて本邦に上陸した。
(2) 原告は、その後、在留期間更新許可を受けて本邦に在留中、昭和五九年一一月二〇日、前夫である日本人男性と婚姻し、昭和六〇年一月九日、被告から、その在留資格を旧法四条一項一六号及び平成二年法務省令第一五号による改正前の法施行規則二条一号に該当する者としての在留資格(以下「在留資格四―一―一六―一」という。)に変更し、在留期間を六か月とする旨の在留資格変更許可を受けた。
(3) 原告は、その後、六回の在留期、間更新許可を受けて本邦に在留していたが、昭和六二年一二月二日、前夫と協議離婚し、昭和六三年二月六日、出国した。
(二) 原告は、昭和六三年五月二七日、在留資格四―一―四及び在留期間九〇日の上陸許可を受けて本邦に上陸し、本邦に滞在後、同年八月一五日、出国した。
3 第三回目の入国及び退去強制を受けた経緯
(一) 原告は、昭和六三年一一月二八日、在留資格四―一―四及び在留期間三〇日の上陸許可を受けて本邦に上陸し、同年一二月七日、日本人である乙川太郎(以下「乙川」という。)と婚姻し、平成元年一月一八日、被告から、その在留資格を在留資格四―一―一六―一に変更し、在留期間を六か月とする旨の在留資格変更許可を受けた。
(二) 原告は、乙川と婚姻後、新潟県佐渡郡相川町において同人と同居し、平成二年三月に同人が同郡佐和田町に居宅兼店舗を新築し、飲食店を開業した後は、同人と共にその営業に従事していたところ、原告と乙川は、右飲食店の営業に関し、平成三年五月一〇日ころから平成四年一一月三〇日までの間、本邦において報酬その他の収入を伴う活動をすることができる在留資格を有しない外国人女性六名を、ホステス兼売春婦として報酬を受ける活動に従事させ、また、同年四月下旬ころから同年一一月三〇日までの間、右六名の外国人女性を右居宅兼店舗の二階に居住させ、原告等の指示により、右外国人女性らをして売春行為を行わせていた(甲四、乙二、弁論の全趣旨)。
(三) 原告と乙川は、平成四年一一月三〇日、新潟県警両津警察署に売春防止法違反の容疑で逮捕され、平成五年三月八日、新潟地方裁判所において、法違反及び売春防止法違反の罪により、いずれも、懲役一年八か月及び罰金二〇万円、懲役刑につき執行猶予三年の有罪判決を受けた。
(四) 原告は、前記(一)記載の在留資格変更許可を受けた後、四回にわたって在留期間更新許可を受けていたが、四回目の在留期間更新許可に係る在留期限である平成四年一二月二八日が経過した後は、在留期間更新許可を受けることなく本邦に不法に残留していたところ、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)入国警備官は、平成五年三月八日、原告について法二四条四号ロに該当すると疑うに足りる相当な理由があるとして、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同月九日、これを執行して原告を東京入管収容場に収容した。
(五) 東京入管入国警備官から原告の引渡しを受けた東京入管入国審査官は、審査の結果、平成五年三月二四日、原告は法二四条四号ロ及びヌに該当する旨の認定を行って、これを原告に通知した。
(六) その後、東京入管特別審理官による口頭審理、被告に対する異議の申出の審理を経て、平成五年六月二四日付けで、原告の異議の申出は理由がない旨の被告の裁決がされ、東京入管主任審査官は、同年七月一三日、原告に対し、右裁決を告知するとともに、退去強制令書発付した。
(七) 東京入管入国警備官は、平成五年七月一三日、右退去強制令書を執行して、原告を東京入管収容場に収容した上、同月二九日、原告を羽田空港から台湾に向けて送還した。
4 在留資格認定証明書不交付処分
(一) 原告は、平成九年五月一五日、乙川を代理人として、東京入管において、被告に対し、法七条の二第一項に基づき、原告が法別表第二の日本人の配偶者等の在留資格に該当する旨の在留資格認定証明書の交付申請を行った。
(二) 被告は、右交付申請について、平成九年一一月一一日付けで、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由として、在留資格認定証明書を交付しない旨の処分(以下「本件不交付処分」という。)をし、乙川にその旨通知した。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は、①在留資格認定証明書の交付申請につき、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨定めている法施行規則六条の二第五項ただし書の規定が、法七条の二第一項による委任の範囲を逸脱しており、違法無効というべきか否か(争点1)、②法施行規則の右の規定が有効である場合、原告が法七条一項四号の条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分が、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)一七条及び二三条一項に違反するか否か(争点2)である。
右各争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。
1 争点1について
(原告の主張)
一般に委任立法は、法律が個別的かつ具体的に委任した範囲においてのみ、その制定が許されるものであり、委任立法において授権した法律の予想しない定めを置くことは、許されないものというべきところ、以下のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書は、法七条の二第一項の委任の範囲を超えるものであり、違法無効というべきである。
(一) 法七条の二は、本邦に上陸しようとする外国人について、あらかじめ申請があった場合、当該外国人が法七条一項二号に掲げる条件に適合しているか否かを審査し、適合していると認められる場合に、その旨の証明書を交付する在留資格認定証明書制度を定めたものである。すなわち、法は、在留資格の適合性を証明する制度として在留資格認定証明書制度を定めているのであって、右証明書を交付するに当たっての審査の対象は在留資格の適合性の有無に限られ、その適合性が認められれば、右証明書が交付されるべきものなのである。
このことは、法七条の二第一項が、「前条第一項第二号に掲げる条件に適合している旨の証明書を交付することができる」と規定していることからいっても明らかであり、また、法七条の二第一項の「法務省令で定めるところにより」との規定は、「あらかじめ申請があったときは」と続く文脈からいって、法務省令に在留資格認定証明書の交付申請手続を定めることのみを委任しているものと解されるのである。
右のとおり、法七条の二第一項は、法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、法七条一項四号該当性の有無(法五条該当性の有無)について事前審査をすることまでも授権しているわけではないのであるから、法施行規則の右の規定は、法七条の二第一項の委任の範囲を超えるものである。
(二) そもそも、法の定める手続によれば、法七条一項四号が定める上陸条件に適合するか否かについては、外国人から上陸申請があった場合に入国審査官が審査することとなっており、右の入国審査官が行う上陸審査については、特別審理官による口頭審理や被告に対する異議の申出という法の定める適正手続が保障されている上、最終的には、被告による上陸特別許可(法一二条一項)への道も開かれているのである。
法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号該当性の有無について審査を行うことは、入国審査官が行う上陸条件適合性の審査を先取りすることにほかならず、右の法の定める適正手続をないがしろにするものであり、上陸特別許可への道も塞がれてしまうことになるのであって、著しく手続的正義に反することは明らかである。
(被告の主張)
(一) 法七条の二の定める在留資格認定証明書制度の趣旨は、右証明書の交付を受けることができれば、当該外国人が上陸申請の際に自ら立証しなければならない法七条一項に定める上陸条件中の在留資格等に係る上陸条件についての立証が容易となることにより、一連の入国手続の簡易迅速化及び効率化を図るという点にあるものである。
法七条の二第一項の文言から明らかなように、同規定に基づき発行される在留資格認定証明書の証明する事項は、法七条一項二号に定める在留資格等に係る上陸条件に適合していることのみに限られ、その他の上陸条件に適合していることまでも証明するものではないが、法は、その交付の要件については特に規定しておらず、これを法務省令の定めるところに委ねている。
しかして、在留資格認定証明書の目的が前記のようなものである以上、仮に右証明書の交付を申請する者が、法七条一項二号に定める条件そのものには適合しているとしても、法五条一項各号に該当する場合には、その者に対しては査証が発給されないことが予想されるのであって、このような場合に在留資格認定証明書を交付することは、同証明書制度の目的に照らして何らの必要性もなく、かえってこれを本来予定していた目的以外に悪用される危険性も否定し得ないのである。
したがって、法施行規則六条の二第五項ただし書が、法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、在留資格認定証明書を交付しないことができる旨規定していることは、法七条の二第一項の規定の趣旨・目的に適合し、合理的なものということができ、何ら右規定の委任の範囲を逸脱するものではない。
(二) 原告は、法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号該当性の有無について審査を行うことは、入国審査官が行う上陸条件適合性の審査を先取りすることにほかならず、右の法の定める適正手続をないがしろにするものであり、上陸特別許可への道も塞がれてしまうことになるのであって、著しく手続的正義に反する旨主張する。
しかしながら、在留資格認定証明書は、外国人が査証の発給を受けるための不可欠の文書ではなく、右証明書の交付がなくとも、直接、査証の発給を申請することもできるものである。もとより、当該外国人が法七条一項四号の定める上陸のための条件に適合しない場合には、一般に査証は発給されず、結局、その外国人は本邦に渡航し上陸審査手続を受けることはできないが、そのことと、在留資格認定証明書の有無とは何ら因果関係がないのである。
右のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書により、法七条一項四号の定める上陸条件に適合しない外国人について、在留資格認定証明書を交付しないこととしても、それによって当該外国人が上陸審査手続を受け、上陸特別許可を受ける機会を奪われるという関係にはないのであって、原告の右主張は失当である。
2 争点2について
(原告の主張)
昭和五四年九月二一日から我が国について効力を生じているB規約は、国内裁判所において裁判規範となり、同規約に違反する国内法を無効とし、同規約に違反する国内法による措置を違法と認定する根拠となるところ、以下のとおり、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分は、B規約一七条及び二三条一項に違反するものとして、違法というべきである。
(一) B規約二三条一項は、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」と定めている。これは、「社会の自然かつ基礎的な単位」である家族がもつ社会的機能を承認し、社会制度としての婚姻及び家族の保護を通じて、家族を構成する個人の権利を保障するものである。また、B規約一七条は、家族に対する恣意的又は不法な干渉を禁止している。
(二) 法五条一項四号は過去に一定以上の刑に処せられたことを、同項七号は過去に売春行為に関与したことを、それぞれ上陸拒否事由として定めているが、これを形式的に適用した場合、原告が婚姻した夫と同居することは不可能であり、原告は永遠に家族との同居を拒否されることになる。
しかし、かかる事態が、家族の保護を規定したB規約二三条一項や家族に対する恣意的又は不法な干渉を禁止したB規約一七条に違反することは明らかであり、法五条一項各号が定める上陸拒否事由については、B規約の右各規定に適合するよう制限的に解釈する必要があるというべきである。
(三) しかるに、被告は、過去の刑事事件の執行猶予期間の経過とその法律上の効果、原告の夫である乙川の家庭の事情、原告も乙川も深く過去の事件を反省し、真面目に再同居することを誓約していること、原告が再び入国できるよう嘆願する数多くの日本人がいることなど、考慮すべき事情を何ら考慮せず、法五条一項各号が定める上陸拒否事由を形式的に解釈して、本件不交付処分をしたものであり、右処分は、B規約一七条及び二三条一項に違反するものというべきである。
(被告の主張)
(一) 本件不交付処分は、原告が法五条一項四号及び七号に該当する者であることが明らかであることを理由としてなされたものであるが、本件不交付処分と原告が査証の発給を受けられず、上陸審査手続を受けられないこととの間に因果関係がないことは、前記1(被告の主張)(二)記載のとおりである。
したがって、原告がその夫と本邦において同居できないことは、本件不交付処分の結果によるものではないのであって、本件不交付処分が、B規約一七条及び二三条一項に違反するとする原告の主張は、そもそも失当である。
(二) のみならず、以下のとおり、法五条一項四号及び七号は、B規約一七条及び二三条一項に何ら違反するものではないから、原告が法五条一項四号及び七号に該当する者であることを理由としてなされた本件不交付処分が、B規約の右各規定に違反するものでないことも明らかである。
(1) 憲法二一条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障するにとどまり、外国人が我が国に入国することについては何ら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくするものと解される。
したがって、憲法上、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもないと解すべきである。
(2) これをB規約についてみても、移動、居住、出国帰国の自由を保障したB規約一二条は、すべての出入国が自由であるべきとするものではなく、自国民及び外国人の出国(同条二項)と自国民の帰国の自由(同条四項)を保障しているにとどまる。他方、B規約一三条は、合法的に締約国の領域内にいる外国人についてすら、法律に基づいて行われた決定によって当該領域から追放することができる旨規定している。そして、B規約中に、他に外国人の入国する権利を認める規定は何ら存在しない。
右のとおり、B規約は、外国人の入国・在留までも権利として保障しているものではなく、その点に関して憲法及び国際慣習法と軌を一にするものである。
(3) かかる基本的な考え方からすれば、法が、その入国を認めることが我が国にとって好ましくないと認める外国人について一定の類型を定め、その類型に当たる外国人は、被告が特別に上陸を許可すべき事情があると認める場合に限り、本邦に上陸することができるとすることは、何ら憲法又はB規約その他の国際法に抵触するものではないし、法五条一項四号及び七号に該当するような者が、一般に我が国にとって好ましくないと認められる外国人であるとすることには合理性があることは明らかであるから、このような外国人について期間を定めることなく、原則として上陸を拒否すべき類型に属するとすることも何ら憲法又はB規約その他の国際法に違反するものではない。
ところで、B規約一七条は、自由権的基本権である人格権の一つとされるプライバシー等の権利の保障を規定したものであり、「恣意的に若しくは不法に干渉され又は……不法に攻撃されない」とは、「法による適正な手続によることなく」侵害されないという意味と解されており、また、B規約二三条は、家族生活を営み、あるいは婚姻する権利等について自由権的権利として国家等による侵害から保護されることを規定したものであるが、かかる保護ないし保障は、我が国で在留していることを当然の前提としているものである。
したがって、前記のとおり、法の規定が憲法及びB規約に適合し、合理的なものである以上、これに則って原告の上陸が拒否されることがあるとしても、原告の右の権利・自由を侵害するものということができないことはいうまでもなく、法五条一項四号及び七号は、B規約一七条及び二三条一項に違反するものではないのである。
第三 当裁判所の判断
一 争点1について
1 前記第二の一3(二)記載のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書は、在留資格認定証明書の交付申請があった場合において、被告は、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨規定しているところ、原告は、法施行規則の右の規定は、在留資格認定証明書制度を定めた法七条の二第一項による委任の範囲を超えるものであり、違法無効である旨主張する。
2 しかしながら、原告の右主張は、採用することができない。その理由は、次のとおりである。
(一) 前記第二の一2記載のとおり、本法に上陸しようとする外国人は、その上陸しようとする出入港において入国審査官に対し上陸の申請をし、法七条一項に規定する上陸のための条件に適合することを自ら立証しなければならないところ、同項二号に規定する在留資格該当性等の在留資格に係る条件に適合することについては、出入国港において短時間で立証することは必ずしも容易ではないことから、入国審査手続の簡易迅速化と効率化を図ることを目的として、法七条の二は、本邦に上陸しようとする外国人からあらかじめ申請があった場合に、当該外国人が法七条一項二号に規定する在留資格に係る条件に適合しているか否かを審査し、適合していると認められる場合にその旨の証明書を交付する在留資格認定証明書制度を定めたものである。
(二) そして、法七条の二第一項は、「法務大臣は、法務省令で定めるところにより、……証明書を交付することができる。」と規定し、在留資格認定証明書制度についての具体的な定めを法務省令に委任しているところ、前示のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書は、在留資格認定証明書の交付申請があった場合において、被告は、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨規定している。
もとより、在留資格認定証明書は、当該外国人が法七条一項二号に規定する在留資格に係る条件に適合していることを証明するものであって、同項に規定する他の上陸のための条件に適合していることを証明するものではないが、たとえ当該外国人が在留資格に係る条件に適合している場合であっても、審査の過程において、当該外国人が上陸拒否事由に該当するなど他の上陸のための条件に適合しないことが明らかとなり、たとえ当該外国人が上陸の申請をしたとしても上陸が許可される見込みがないという場合についてまで、在留資格認定証明書を交付することは、前示の在留資格認定証明書制度の目的に照らし何らの必要性もなく、かえって右証明書を本来予定した目的以外に悪用される危険性も否定し得ないことを考慮すれば、かかる場合に在留資格認定証明書を交付しないことができるとした法施行規則六条の二第五項ただし書の規定は、内容的にみて、法七条の二第一項による委任の趣旨に反するものということはできない。
(三) また、法七条の二第一項の規定を、文理的にみた場合、同項の「法務省令で定めるところにより」との文言は、同項の文末の「……証明書を交付することができる。」という部分に係るものと解するのが相当であり、同項は、その委任の趣旨に反しない範囲で、法務省令により在留資格認定証明書の交付要件について定めることをも委任しているものというべきである。
この点に関し、原告は、法七条の二第一項は、在留資格認定証明書の交付申請手続を定めることのみを法務省令に委任しているものと解される旨主張するが、原告の右主張は、同項の文理に沿わないものというべきであり、失当である。
(四) さらに、原告は、法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号所定の上陸条件に適合しているか否かを審査することは、入国審査官が行う上陸条件適合性の審査を先取りすることにほかならず、上陸審査に関し法が定めた適正手続をないがしろにし、上陸特別許可への道も塞がれてしまうことになるのであって、著しく手続的正義に反する旨主張する。
しかしながら、上陸審査に関する手続を定めた法の規定が、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、当該外国人が法七条一項四号の定める上陸条件に適合しているか否かを被告が審査することを禁ずる趣旨のものでないことは明らかであり、また、被告が主張するとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書により、法七条一項四号の定める上陸条件に適合しない外国人について、在留資格認定証明書を交付しないこととしても、それによって当該外国人が上陸審査手続を受け、上陸特別許可を受ける機会を奪われるという関係にはないのであるから、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号所定の上陸条件に適合しているか否かを審査することが著しく手続的正義に反するということはできない。
したがって、手続的正義という観点からみても、法施行規則六条の二第五項ただし書が法七条の二第一項による委任の範囲を超えるものということはできない。
(五) 以上のとおりであるから、法施行規則六条の二第五項ただし書の規定は、法七条の二第一項による委任の範囲内で定められたものであり、有効な規定というべきである。
二 争点2について
1 前記第二の二記載の本件の事実関係によれば、原告は、法五条一項四号の「日本国又は日本国以外の国の法令に違反して、一年以上の懲役若しくは禁錮又はこれらに相当する刑に処せられたことのある者」及び同項七号の「売春又はその周旋、勧誘、その場所の提供その他売春に直接に関係がある業務に従事したことのある者」に該当し、法七条一項四号に規定する上陸のための条件に適合しないことになるから、被告がそのことを理由として行った本件不交付処分は、法七条の二第一項及び法施行規則六条の二第五項ただし書の規定に従ったものというべきところ、原告は、家族の保護を規定したB規約二三条一項や家族に対する恣意的又は不法な干渉を禁止したB規約一七条に照らし、法五条一項各号が定める上陸拒否事由については、これを制限的に解釈する必要があり、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分は、B規約一七条及び二三条一項に違反する旨主張する。
2 しかしながら、原告の右主張は採用することができない。その理由は、次のとおりである。
(一) 憲法二二条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障するにとどまり、外国人が我が国に入国することについては何ら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考え方を同じくするものと解される。したがって、憲法上、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことは明らかである(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同三二年六月一九日大法廷判決・刑集一一巻六号一六六三頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)。
これをB規約についてみても、同規約には外国人が自由に入国する権利を有することを定めた規定は存在せず、同規約においても、外国人の入国の自由は保障されていないものというべきである。
(二) 憲法等が採用する外国人の入国についての右のような基本的な考え方からすれば、法が、その入国を認めることが我が国にとって好ましくないと認める外国人について一定の類型を定め、その類型に当たる外国人は、被告が特別に上陸を許可すべき事情があると認める場合に限り、本邦に上陸することができるものとすること(法五条一項、一二条一項参照)は、何ら憲法又はB規約その他の国際法に抵触するものではないし、法五条一項四号及び七号に該当するような者が、一般に我が国にとって好ましくないと認められる外国人であるとすることには合理性があることは明らかであるから、このような外国人について期間を定めることなく、原則として上陸を拒否すべき類型に属するとすることにも、憲法又はB規約その他の国際法に違反する点はないというべきである。
(三) B規約一七条は、家族に対する恣意的又は不法な干渉からの保護を規定し、B規約二三条一項は、家族の保護を規定しているが、前示のとおり、B規約は、外国人の入国の自由を一般的に保障するものではなく、また、法五条一項四号及び七号の上陸拒否事由の定めが、それ自体として合理性を有するものであることからすれば、仮に夫婦の一方が右の上陸拒否事由に該当する結果、その夫婦が我が国において同居することができなかったとしても、そのことにより直ちにB規約一七条及び二三条一項により保障された権利・自由が侵害されたということにはならないというべきである。
もとより、個別の事案によっては、法五条一項四号及び七号に規定する上陸拒否事由に該当する外国人であっても、夫婦等の家族関係の保護という観点から、その上陸を認めることを相当とすべき特別な事情がある場合があり、そのような場合に当該外国人の上陸を許可しない場合には、その措置がB規約一七条及び二三条一項に違反すると評価される場合もあり得るが、そのような特別な事情については、当該外国人から査証の発給申請があった際や法一一条所定の異議の申出(上陸条件に適合しないと認定された外国人の被告に対する異議の申出)があった際に考慮すれば足りるものであり、在留資格認定証明書の交付申請があった段階において、法五条一項四号及び七号の規定する上陸拒否事由を制限的に解釈する必要はないものというべきである。
(四) 以上のとおりであるから、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分に、B規約一七条及び二三条一項に違反する点はないものというべきである。
第四 結論
そうすると、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分が違法であるということはできず、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)